2021年6月25日金曜日

高校レポート番外編~常翔啓光&大阪国際(旧滝井&大和田)

  月曜日に常翔啓光学園にご訪問しました。本来ならばレポートをするところですが、テスト直前で自習が多かったため掲載を見送ります。9月に再度訪問予定ですので、お待ちください。ただ、こともあろうか私がアポの時間を勘違いし時間に遅れるという社会人としてありえないことをして非常に申しわけなく思っています。

 色んな先生方と話をしていて私の体感は少数派なのだと実感することが多いです。経営者の視線で全く塾を見ていないので、常に効用(満足度)の最高を目指しています。子どもにとって、保護者のかたにとって。そのために短期的に塾にとって損になる(可能性がある)からといって思ったことを言わなかったり、手が縮こまることがあってはならないと思っています。経営者として、上司として世間の過半数の意見に属していなくても効用追求の思考は変わらないと改めて思いました。してはいけないことを子どもたちがしたとき、自己防衛や諦めで注意できない先生になったり、そのような感情が芽生えなくなたら教壇から降りるときだという思いも変わりません。

 金曜日は合併される大阪国際大学高校(現大阪国際滝井・大和田)に訪問しました。一昨年まで大阪国際大和田が大阪府のイチオシだったのは事実です。果たして入学時偏差値は最高・国公立の進学者数も最高、それでも私の評価は過去10年で最低です。その心は入学時の偏差値からの伸び率に満足のいく結果になっていないということです。昨年まではそれでも数字は悪くないので、大和田よりも上の高校のほうが少ない、と紹介してきました。

 感情を伏せ、まず、新校の教育方針を伺ったところ、社会に出てから役立つ人材教育に力をいれるとのことです。この方針は同意です。私もその通りだと思いますし、ことある度に社会情勢や社会からのニーズ、そのために中学生がしなくてはいけないことを伝えています。非常に重要なことだと認識しています。ただ、前提があります。それは結果を出していること。つまり合格実績や定期テスト結果です。それを出さずに1コマの時間を費やして将来について語っても「そんな暇あるなら授業しろ」というお叱りの声が届くでしょう。学校現場でも授業の質を低下させて理想や夢だけ語られたら困惑や怒りになります。清風高校はスーパー5(?)と名づける学年上位5人程度まで(上位1%未満)に世界水準の帝王学もどきを授け、その他大勢は興味ないという旨の発言をされたのと被りました。

 理想の社会人像を語る前に、先生自身が教授力や教材研究を真摯に取り組んでいただきたい。担任なら自分のクラスに興味をもってもらいたい。私は全ワンセルフ生の成績を把握しています。何も見なくてもある程度細かい話はいつでも出来ます。また、自分の担当教科の数学では解説しながら、たった今の言葉を誰が理解出ていないか把握しています。ある程度プライベートなことも知っているつもりです。その旨の発言をし「それは教員にとって(できていて)当たり前」とおっしゃったときに全く現場が見えていないのだとわかりました。

 大和田に限らずそんなレベルで生徒を把握している先生は皆無です。好文学園女子や常翔啓光ならありえるかもしれません。大切なのは出来ていないことが見えているかどうか、です。子どもたちやスタッフにも言いますが、自覚があることは勉強であれ性格であれ仕事であれ成長・改善される。でも、自覚がなかったり他人からせっかく指摘されても自分には関係ないと思うと一生成長できません。

 某文理学科の元校長に「生徒の質に頼った授業で教授力なし・教員の頑張りなし」と伝えたところ「ウチの先生は頑張っていた」との発言を聞いたとき、その高校の成長は止まると確信しました。第3者が当事者についてダメ出しをしたのに頓珍漢に「いや、うちはみんな頑張っている(いた)」では、教員の向上心など芽生えるわけはありません。ダメな状態を褒めて現状で満足している現場の出来上がりです。

 かつて、自信を持ってお勧めしていた学校である太成学院大学高校が数年で超ダメな高校になりました。良くなるのも悪くなるの速いです。私の進路指導の根幹は(学力・性別は関係なしで)自分の子どもなら預けたいかどうかであり、不変です。アンビバレント(愛情と憎悪は表裏一体)ですね。憎悪はありませんが失望はあります。